Kuraraとの気ままな暮らし


by flat_kurara
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くらら最期の日

4月28日、
私達の大事な大事なくららが、この世を去ってしまいました。
とても悲しい記憶ですが、最期の瞬間まで忘れないために
書き綴ります。

今年2月半ばの3連休を我が家で過ごし、実家に戻った朝、
通常通り、出勤前に実家に立ち寄ったところ、
いつもなら、ドアを鼻で押しあけて、早く入れと吠えるのに声がしない。
おかしい・・・
ドアを開けると、ベッドにぐったり横たわり、粗相をしていました。
大人になってからは、滅多に粗相をしたことがなかったので、
とても嫌な予感がしました。
まさかと思い、目の粘膜、口の中を見てみると、
「白い」・・・それは明らかに貧血の症状でした。
ドッグトレーナーをしている友人Kさんに相談し、
早めに会社を飛び出て、Kさんとともに病院へ連れて行きました。

診察の順番がきて、すぐにエコーをとってもらいました。
脾臓から出血がみとめられ、愕然としてしまいました。
その日は、注射器で抜けないほどの出血だったので、
何もせず、安静にして帰宅をしました。

私達にはこの先に起こることなど、
まったく想像をしていませんでした。

翌日も病院へ行き、Kさんが何かあった時のためにと
愛犬ほーちゃんの血液とのクロスマッチしてくれました。

あまりにも突然のこと、
すぐに脾臓摘出手術をするという選択が出来なかった私達、
ステロイドで様子を見るという先生の判断に任せて帰宅しました。

ところが、2月15日土曜日の夜遅く、
またもや貧血を起こしてしまいました。
今度はとてもひどい状態。

パパはアメリカから帰ってきた友人(犬友)に
状況を相談しに、近くのスタバへ行っており、
くららは大好きなパパがそばに居なくて、とても不安そうな表情をしていました。
目を細め、痛みに寝つけない状態で
ウトウトしそうになる私を、手でつっついて、
「寝ないで、お願い。」と何度も起こしてました。

Kさんが機転を利かし、夜中の間にかかりつけの病院に根回しをしてくれ、
日曜の朝一番から緊急手術をすることになりました。
あいにく主治医も腕のいい院長先生の非番の日でしたが、
彼女のお陰で万全の体制で手術となりました。

手術時間は1時間もかからず、
肝臓への癒着もなし、無事終了したとの連絡を受け、
私達は泣いて大喜びをして病院に向かいました。
そこには、先ほど手術を終えたばかりとは思えないぐらいの、
尻尾ブンブン明るい表情のくららがいました。
そのまま3日間入院することになりました。

 2週間後の抜糸のころには、いつもの笑顔のくららが戻ってきました。
その後の約1カ月間はとても予後も良く、
時には走ったりできるほど、普段通りの生活を送ることが出来ました。

しかし、桜の季節にさしかかる頃、
次第にくららの体に変化が起きていました。

病理検査の結果、
「血管肉腫」という極めて悪性の高いガンとわかりました。
予後はとても悪く、平均生存期間は2カ月から3カ月・・・
頭の中が真っ白になり、
先生が何を言っているのか、まったく分かりませんでした。
嘘よね、、くららがいなくなるなんて。

桜の季節が終わろうとしていたころ、
また体に変化が起きていました。

お腹もパンパンに腫れることが多く、12時間も寝たきり、
少ししぼんできたころに、起き上がれるのですが、、
また翌日には貧血するという、一進一退の状態の毎日でした。

そして、3月30日は、先代犬の命日でした。
夜中には、とても調子が悪くなってしまい、
何度か目を見開いてけいれんを起こして倒れ、
連れて行かれそうになりました。
「お願い! 連れて行かないで!」
そして朝を迎えました。

今思うと、少しでも私達と一緒にいたいと思う執念だけで、
命をつないでくれていたのだと思います。

桜が散ろうとしていたころ、
少しづつ倒れる日が多くなっていました。
それでも桜吹雪の舞う中、少し調子の良かったくららを連れて、
公園のお友達に会うことができました。

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その後、お友達ワンコの血液を2回ももらうことができ、
往診による皮下点滴、定期的な血液検査をしながら、
止血剤をうまく使用することで、
排尿を促し、腹水と出血に対しても、うまくバランスをとりながら
輸血もせず過ごせていました。

ただお腹がパンパンになると起き上がれなくなるので、
1時間おきに夜中の排尿をさせるため、
また排尿後は貧血で、担架で家に入れることも頻繁だったので、
4月に入り、私達は実家に泊まり込んで夜通しの看病をして過ごしていました。
時にはへそ天そすることもあり、
穏やかな時間が過ごせました。
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しかし、4月の半ばに近づき、
だんだんと食べれなくなってきました。
鶏肉のペースト、友人からもらったkitchen dogの本を見ながら、
食べれそうなご飯を作り、何とか体力を維持しようと施行錯誤の毎日でした。
食べたいと口を近づけても、食べれない。
手作り食は全く食べれなくなり、少しの処方食、
たくさんの種類のフードを用意し、そこから選択させるといった具合でした。
大好物のアイスもケーキも食べれなくなっていました。
今でもくららの悲しい表情は忘れることができません。

4月27日土曜日、待ちに待ったGWの前半に入りました。

この日は、病気を忘れるほど、奇跡的に調子のいい日でした。
久しぶりに、いつもの公園へ行き、シートを平げ、
たくさんの犬友とあいさつができました。
くららもニコニコで、「本当に病気?」と思うほど明るい表情をしていました。
偶然にも先に闘病していた幼馴染のクロちゃんとも会え、
一緒に頑張ろうと誓い合いました。
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4月28日日曜日、
私達はくららの大好きな場所、
奈良の秘境へ連れて行くことにしました。
今思えば、病気のくららが泳ぐわけもなく、
ただ見せて喜ばせたかったのか、元気になると錯覚をしていたのか、
自分たちの行動が何かに強く突き動かされているようでした。

しかし後部座席でくららを抱いていた私には、
少しづつ くららの体調が悪くなっているのが分かりました。
引き返して、死んじゃう!!!!!
くららを両足でしっかりと挟み、痛みを逃すように、
甘えるように私の膝にもたれた頬のあたたかみと
掌にはハァーハァと息遣いを感じていました。
「もうすぐ着くからね!もうすぐだからね!」

到着して車を停めた瞬間、
くららの体が大きくけいれんを起こしました。
死んじゃう!!!!! くららが死んじゃう!!!!
いや~!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「戻って来い!!!」 パパが必死に口に空気を送り込み、
何度も何度もマッサージを行いました。
2度ピクッピクッと大きくけいれんし、
目を見開いたまま、一瞬のうちに舌が紫に変わり、
くららの体から光が去ってしまいました。
「死んじゃった。」パパの悲しい声が耳に入ってきました。
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by flat_kurara | 2013-05-15 17:09